「SpiderAF」の生みの親、 CTO Eurico Doiradoさんにインタビュー 〜 前編 〜

「SpiderAF」を支える縁の下の力持ち、エンジニアチームを率いるCTO Eurico Doiradoさんにインタビューをしました!プロダクトサイドからだけでなくビジネス視点も兼ね備えており、営業・マーケティングチームにとっても欠かせない存在のEuricoさん。今回は前編ということで、バックグラウンドや日本に来たきっかけ、パーソナルなことを深堀りしていきます:)
まずはじめにEuricoさんの生い立ちを教えて下さい。

ゲーマー生活から一変、自分でソフトウェアを開発し起業へのステップへ
リスボンから北へ1時間ほど車で走ったところにあるペニッシュが故郷です。近所の人は皆顔見知りで、近くには海があるのどかな小さな町。 生まれてからはすぐフランスに移住したのですが、高校1年生の頃にポルトガルへ戻ることになり、14歳からの10年間を過ごしました。 10代でプログラミングを始め、何かを構築してそれが 「ワークする/使用されている」 ことにいつも魅力を感じていました。とても好きだったため、将来はプログラミングに携わりたく、大学ではコンピューターサイエンス / プログラミングを専攻しました。
(大学時代のテコンドーチーム、左から2番目がEuricoさん)
大学生の初めの頃はあまりプログラミングの勉強以外が楽しいと思えず、授業をサボりゲームに熱中していました。 オンラインで他のプレイヤーと一緒に戦って敵を倒すのが楽しく、数日家に引きこもり、寝食を忘れて没頭するほどファイナルファンタジーにハマっていました。 大学2年生が終わる頃、留年をする可能性が濃厚になったことがきっかけでゲームをやめようと決意し、勉強とテコンドーに熱を注ぎました。ゲームを作る技術やプログラミングが好きでその分野を学んでいました。「自分でゲームを作りたい、自分の会社を作りたい」という思いが強くなってきたのもちょうどその頃です。

初めて自分で作ったソフトウェアはテコンドーのコンペティション管理のものでした。 大学のテコンドーチームに所属し、いくつかの大会がありマネジメントするのがとても大変で時間がかかっていました。アマチュアかつボランティアで成り立っていたチームのため、ツールを導入するお金もありませんでした。その時は学生で十分な時間もあったのでソフトウェアを開発しました。作業効率も上がったし、何より皆が使ってくれてとても嬉しかったです。大学卒業後には販売目的でいくつかのソフウェアを作りましたが誰にも使われず、ビジネスの難しさを学びました。
半年で帰国予定だったが、日本の素晴らしさを知り在留を決意

20代の頃から起業家精神があったのですね。大学卒業後、来日する時の話を聞かせてください。

Ph.D.(博士課程)が始まったあと2010年9月に交換留学制度で来日し、「ゲームに関するAIアルゴリズム」の研究をしていました。異文化で日本語も何も話せなかった私にとって、日本での生活全てがアドベンチャーでした。最初は言葉が伝わらずとても苦しい経験をしたけれど、日本人と話して言葉や雰囲気を掴み、コミュニケーションもトライ&エラーで乗り越えました。 自然豊かで海もきれいな田舎で育ったため、大都会よりものどかな小さな町の方が好きでした。東京は小さな町と大きな街がミックスしたバランスが良いところだと感じました。 例えば、池袋駅の周りはビルがたくさんあり人も多いけれど、小道に入るととても静かで小さなコミュニティがあるような不思議な感じがします。
(2010年冬、人生初めてのスノーボディングへ)
また箱根、京都、奈良、東京…日本の自然も大好きです。 東京は賑わっている繁華街から10分ほど歩くと美しい木々に囲まれた大きな公園があり、大都市にいるとは思えないほどの自然を感じられることに驚きました。
・東京だと何でもできる、365日24時間止まらない街!(1時から4時までは電車が止まっちゃうけど笑) ・東京に住んでいる日本人はストレス多いけど、ホスピタリティは最高! ・安全!どこでiPhoneを使っていても安心できて、盗まれる心配はいらない。 ・スノーボードも楽しい!(海は‥🙄)
ポルトガルにはない文化や建築物もとても興味深く、全く知らない土地でこのような良いところを発見したらそのまま住みたいなと思いました。 半年間のプログラムだったので2011年3月末に帰国予定でしたが、まだ日本にいたかったため研究に励み、教授からもっと一緒に研究を続けたいとオファーをもらい、さらに半年間延長しました。
研究をして気づいた、人を喜ばせるためにものを作る「開発」の魅力

Euricoさんは日本人よりも日本人らしい一面もあるので、性格的にも日本が合っているのかもしれませんね。プログラム延長後はどうしたのですか。

(日々チームで話し合いながらプロダクトを改善)
1年研究した後、文部科学省から2年間のビザを発行してもらい、研究者として働きながらPh.D.もしていたのですが、やはり研究より開発の方が好きでしてゲーム業界に行きました。 研究というのは “Advance the knowledge” 、今すぐ使えるものではなく、新しいものにどのように対応したらいいか、長い目で見なければいけません。 
開発は「何かが必要だから、開発をする」よりダイレクトな手法です。 問題を解決するために、今作り、誰かを喜ばせることが好きだと思いました。 ゲーム会社に就職し、元々あったゲームのIPをスマホ向けに開発していました。学生時代のことからあった「自分でプロダクトを作りビジネスをしたい。」という想いも強くなり、その会社では1年間働きました。
休日はマーシャルアーツで気分をリフレッシュ(したい!)

ゲーム尽くしなバックグラウンドですね!最後に趣味の「マーシャルアーツ(martial arts)」についてお伺いします。日本ではあまり馴染みのない言葉ですが、日本語の「武芸」を英訳した言葉です。ムエタイ、キックボクシング、柔術や武道、テコンドーなどを指すフィジカルアクティブティといったコンセプトの一つのようですが、詳しく聞かせてください。

武器を使わず、手足が届く範囲で勝負をするため、一定の距離を保つことに集中します。また精神にも通ずるものがあり、ただ単に「戦う」ことではなく相手とコミュニケーションを取るのが醍醐味です。練習するときも2人組になって行い、ノンバーバル・コミュニケーションで相手と接することが出来るため黙々と一人でジムに行くよりも好きです。 テコンドーは9年間、柔術も来日してから始めました。最近は仕事や子育てに忙しくなかなか行けないけれど、趣味の一つです。
(奥さんに聞いたところ、最近ハマっているのはマンガのようです!笑)

ありがとうございました!
Euricoさんのビジネスマインドを持ち合わせているのはこのことがあってか〜!というお話が多々ありました。日本人以上に几帳面で真面目ですが、大学時代は普通の学生と変わらない日々を過ごしていたことにも親近感が湧きました☺️笑
後編はPhybbitにジョインした後やチームについて聞きたいと思います!

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